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【クラブの音響を1から構築したひと】PA HIDEKI インタビュー-前編

Seiji Horiguchi

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【クラブの音響を1から構築したひと】PA HIDEKI インタビュー-前編

Seiji Horiguchi

[職業紹介インタビュー]  HIDEKI(CLUB PA/音響オペレーター )

HIPHOP/REGGAE/HOUSE/ROCKなど、多くの音楽シーンがクロスオーバーしている大阪アメリカ村。関西音楽シーンの中心地ともいえるこの土地で、人知れずクラブ業界を支え続けた男がいる。PAのHIDEKIだ。[Club AZURE] (現[CLUB GHOST])が2003年に開店する際、音響機材や照明の設置・メンテナンス・オペレーションを任せられた経験を持ち、そこから派生して心斎橋界隈のクラブや飲食店の音響設備にも携わってきた。現在は大規模な野外フェスやアーティストのワンマンライブの音響を担当するなど、各方面から引っ張りだこだ。

ライブハウスやクラブのPAがいなければ、アーティストがどれだけ腕を磨いたところで満足いくパフォーマンスを披露することはできない。にもかかわらず、彼らがどんな考えを持ち、どんな作業をしているのか知っている人は少ないはず。そこでその道20年のHIDEKIに、PAの仕事内容や理念について聞いてみた。それらを知ることで、我々はより一層音楽の奥深さを発見できるのではないだろうか?

DJから音響スタッフに転向。22歳で飛び込んだアメ村。

—まず僕自身もPAの方が普段どんな仕事をしているのか具体的には知らなくて。そこで普段からイベントでも接することが多いHIDEKIさんにインタビューさせていただこうと思いました。はじめにHIDEKIさんがPAになったきっかけを教えてください。

HIDEKI : まず、20歳くらいの頃に当時の彼女の影響でUSのHIPHOP-2PACとかビギーとか-を聴くようになるんですけど、そこから派生して京都でDJの活動を始めました。さらにレゲエ好きな友達に「レゲエには、野外にスピーカーを積んで爆音で鳴らす『サウンドシステム』っていう文化がある」って教えてもらうんですね。で、ちょうどその友達に連れていってもらったレゲエの野外イベントで、実物のサウンドシステムを見て衝撃を受けたんですよ。レゲエの音楽性というよりも、そのサウンドシステムのパワーに食らって。で、「これ(サウンドシステム)をHIPHOPの世界で作ったら面白そう!」と思ったのが、音響の世界に興味を持った第一歩ですね。タイミングよく、当時京都で一緒にイベント出たりしてたDJ LEADさんが「今度アメ村でクラブ立ち上げるんやけど、レゲエの大御所の人の機材を入れるから、いろいろ教えてもらったら?」って紹介してくれて、そこから音響の世界に入りました。普通に仕事もしてたし、悩みはしましたけどね。でも仕事も全部辞めて京都から大阪に来ました。それが22歳の頃です。

―かなり思い切ったんですね!もともと仕事は何をされていたんですか?

HIDEKI : ボーリング場の機械をメンテナンスする会社。ピンを掴んで上げ下げする機械とか、店内の照明とかね。だから配線の勉強もしてたつもりだったし、ハイエンド・オーディオ(※)にも興味あったから、そのあたりの知識はあると思ってた。でも実際そのアメ村のクラブに行ったら、そのレゲエのサウンドマンをやってる社長から「今まで勉強してきた覚えてきたものは全部忘れてな!」って言われたんです(笑)

※高級な音響セットで音楽を聴く文化。ドラマ『結婚できない男』の阿部寛演じる桑野信介を想像すると分かりやすいかも(?)

―え!どうしてですか?

HIDEKI : 全然世界が違うからね。しかも勉強してたつもりのハイエンド・オーディオの知識も全然使いものにならんかったから、完全に0から独学だった。そもそも「PA」っていう存在すら知らなかったんです。本来はPAならみんな通うはずの音響・照明の専門学校も通ってないからPAの基礎を知らないし、教えてくれる人もいなくてね。 ただからクラブにセッティングしてある機材を分析して「なんでこうしてあるんやろ?」と自分で考えるところから始めました。照明に関しても照明業者の人に直接聞きに行ったりして勉強して。だから学校は行ってなくて、最初から現場に出てちょっとずつ1人で学んでいきました。

―バリバリの“現場叩き上げ”ですね(笑)

HIDEKI : そやね(笑) 22歳の右も左もわからない状態でクラブの音響と照明を任せられたけど、1,2年後くらいにはいろんな人と繋がって「今度新しく店やるから音響頼むわ」「あ、了解です」って普通にやりとりしてたなあ(笑)

―0の状態からそこまでいったんですか!

HIDEKI : ありがたいことにね。僕は、DJも歌も下手やし楽器ができるわけでもないけど、チャンスには恵まれてたと思います。基本的に全部「やってみます」っていうスタンスなのがよかったんだと思う。今みたいにメーカーとの繋がりも持ってないから、1人でスピーカー買ってきてセットアップまでしてね。見積もりとか請求書も自分で作ってたし「オープンの時に携わった店は定期的にメンテナンスにも行かないとなあ」とかアフターケアも自分で考えて回っていました。もう昔の話やけど、いわゆるその筋の職業の人のお店の音響を1から構築する案件も頼まれるようになるんですけど、そういうのって先方も会社相手より個人の方が都合が良いわけですよ(笑) だから僕の個人の名義に1000万くらい振り込まれたりもしてね。そこから機材買ったり自分の手数料を引かせてもらったり。今考えたらよくやってたなあと思います(笑) だから今考えたら、PA業務のことが多少分からなくたって、キャラクターとか度胸の方が大事だったのかなと。

―裏方の仕事とはいえ、表舞台に立つプレイヤーと同じくらい度胸が必要だったわけですね。HIDEKIさんはそうやってクラブの音響の設置から携わっていたわけですが、パーティ当日はPAとしてどんな仕事をされているんですか?

HIDEKI : その日の盛り上がりの波を作るのが基本的な仕事ですね。例えば22時に夜のイベントがオープンするとしたら、20時くらいから準備してオープン。で、お客さんが本格的に入り出す24時頃から本格的にPA卓をコントロールし出して、メインのDJが回す時間帯に合わせて照明を動かしたり、音量もピークに向けて調整したりしています。人によっては「最初からマックスで鳴らしたい」っていうDJもいるんやけど、人間の耳なんかすぐ慣れちゃうんですよ。だから極力しっとり始めて、メインの時にグッと上げにいく。

―スタートから爆音だと、本当にしっかり鳴らしたいメインの時間に迫力を感じられないわけですね。見えないところでそんな工夫をされていたとは。

HIDEKI : そう。知られてないからこそ、無茶な要求もたくさんされますよね。そもそもPAの存在すら知らんDJもいるくらいでね(笑) 歌い手とかはリハでやりとりするからまだ分かってる人も多いけど、DJとかダンサーは「PAってなんとなく聞いたことあるけど何やってる人?」くらいの認識の人がほとんどじゃないかな?

―音や光をつかさどる存在であるにも関わらず、あまり認知されていないという。

HIDEKI : 「1つのイベントの中で一緒に音を出すクルー」って意識がないと認知されないですよね。インデペンデントなアーティストのワンマンライブとかになってくると、音響・照明に対して細かくリクエストする演出も出てきたりするからPAも自分で選ぶだろうし、そういう裏方のクルーも交えた打ち合わせをやる必要が出てくる。そういう必要性に迫られない限りは、みんなPAが何やってるか知らないままだと思います。

音を細かくコントロールする...だけじゃない!

―では、そんな「PAの仕事」について、もう少し掘り下げてお聞きしたいです。そもそも「PA」の定義ってなんなんでしょう。ググると「Public Addressの略」と出てきました。

HIDEKI : そうそう。直訳で「大衆に広める」みたいなニュアンスですよね。でも「PA」って言ってもいろんな種類の人間がいてね。例えばバンドについてる「ツアーPA」っていう人。そのバンドに必要な機材を一式持ってて、トラックに必要な機材を詰め込んで会場でセットアップする。つまりそのバンドのためだけに音を作る人ですね。一方で何も機材を持ち込まず、身ひとつで現場に入ってそのバンド用のセットアップに変えるPAもいる。いわゆる「オペレーター」と呼ばれる人たち。

―全ての機材が現場に揃っているパターンですね。

HIDEKI : そうそう。アーティストが何十組も出るようなフェスでは毎回機材を入れ替えるわけにはいかないので、あらかじめ会場に機材が揃ってる状態でこの「オペレーター」が自分の担当のバンドのセッティングに変えていくわけです。ただ、「PAは、DJタイムとかライブの時に、卓の前に立って音を細かくコントロールするのが仕事」って思ってる人が多いんやけど、それ以外の役割もたくさんあると思ってて。例えばクラブにしても、0の状態からスピーカーを取り付ける工程がある。そこでその場所に適したブランドだったりサイズのスピーカーを選んで発注する。発注したスピーカーを取り付けるのにしても「チューニング」っていう調整が必要で。ギターとかピアノの調律と一緒で、スピーカーにも調律がある。それをやらないと聞こえ方も全然違うんですよ。原曲とまったく違う音になってしまう。だからスピーカーとかアンプを配置したあとに、みんなが知ってる音に調整することがまず第一歩。もちろん「それはPAの仕事じゃない」っていう考えのPAもいるし、できることが人によって違ってくるのは当たり前やけど、僕はなんでもできた方がいいと思うタイプですね。機材を発注したり、もっというと電気の配線を工事したりとか。

―スピーカー選びまでされているとは知らなかったです。このインタビューをするまでは、ライブやDJプレイ中の音を細かく調整することがPAの主な仕事だと思っていました。

HIDEKI : いわゆる「オペレーション」ですよね。でもあれって簡単な作業なんです。「このフェーダーを上げ下げして...」とかって誰でもできるでしょ?(笑) もちろん本番の時間も大切やし、失敗できない緊張感もあるけど、そこに至るまでの準備の方が大事だと思う。例えば野外フェスに行く時なんかも「朝10時に会場集合」って言われたら、僕ら裏方はトラックを借りてくるところから仕事が始まるわけです。朝5時にトラックを借りて、倉庫に行って積み込みして現場に向かって、現場に着いたら荷下ろしして打ち合わせしてアーティストとセットアップして…っていうのをやる。だからリハーサルする段階では8割くらい仕事は済んでるって感覚ですね。もちろん本番が重要やねんけど、その本番を万全なものにするためにも準備の部分はすごく重要ですね。そこはアーティストも一緒じゃないですか。本番も大事だけど、それに向けて準備したり練習したりする時間も必要やし、全員が本番に向けて積み重ねている。裏方も一緒やけど、表舞台の人らは分かってないことが多いんすよね(笑)

※画像はイメージです。

何が大事?「町の電気屋さん」に通じる理想のPA像。

―PAに求められる素質はズバリなんだと思いますか?

HIDEKI : 技術も知識も大事やけど、一番は信頼関係だと思っています。昔、家電量販店でバイトしてたことがあるんですけど、いわゆる昔ながらの「町の電気屋さん」って、おじいちゃんおばあちゃんの家に行っていろいろと雑用を頼まれるのも仕事に含まれてて。

―わかります!自分も小さい頃、近所の「ニノミヤ」という電気屋の人がエアコンの整備とか電灯の工事に来ていました。

HIDEKI : 「ラジカセ壊れた」とか「テレビつかんくなった」とか定期的に家に来てあれこれ雑用もしてもらう人って、おじいちゃんおばあちゃんにとっては「いつもの兄ちゃん」という認識なので、無愛想な奴が行くと心開いてもらえないし、最悪家に入れてもらえないんですよ。僕はわりかし話すのも好きだったので、電球の交換とかブレーカーの点検に来たついでにいろいろ頼まれることが多かったですね。なんやったら「庭の草抜いて」って言われたこともあった(笑) そういうのも含めて出張料をいただくわけです。「商売するにはまず信用から」っていうのをそこで学びましたね。

―それが今のPA業に通じるものがあると。

HIDEKI : PA業はまさに「町の電気屋」の延長やと思ってて。音響のこと以外にも「電球切れたんやけど、どんなんが良いかな?」って聞かれた時に、どこの電球か聞いて、それがトイレやったら「10ワットくらいで大丈夫です」やし、玄関やったら「100ワットくらい要りますね」ってアドバイスする。そうやって小さい信頼を積み重ねて、「この人ならこれもお願いしたい」って思ってもらうのが重要です。そう考えたらPAも立派なサービス業なんですよね。

インタビュー中も得意先から相談の電話がかかってきて、素早く対応していたHIDEKI。

―そう考えるとHIDEKIさんは僕が接してきたPAのなかでもダントツに接しやすいです(笑)もともとプレイヤーだったこともあるかもしれませんが、今の考えを聞いて納得できました。あるアーティストのライブ現場でHIDEKIさんがPAとして入っている姿を見かけたことがありますが、その時も「声も明るいし、軽やかにアーティストとコミュニケーション取られているなあ」と思っていました(笑)

HIDEKI : なんかね、PAの人って職人気質でなんとなくとっつきにくいイメージもあるかもしれないけど、僕は素人代表としてその現場にいようと思ってるんです。できるだけ一緒に考えたり、お願いされたら断らずにまずはやってみる。ほんまは断らないといけないこともあるんやろけど、ついついやってしまうんですよね(笑)


彼の話を聞くまでは、つまみが大量についた卓の前で難しい顔をしながら微細な音の調整を行うのがPAだと本気で思っていたが、そこに至るまでの電気技師的な知識だったり、アーティストや仕事先の人間と積極的にコミュニケーションをとるサービス業的な性格が求められる仕事なのだと、イメージを大きく覆された。それに加え、独学でPAを始めたHIDEKIならではの、PA業全体を俯瞰したような視点が含まれているのも興味深かった。インタビュー後編ではさらにHIDEKI個人の経験や考えに迫る。

◉後編の記事はこちら 【本質はどこだ!!】PA HIDEKIインタビュー - 後編

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Seiji Horiguchi

大阪在住のライター。信州大学人文学部卒。新聞記者を志す学生時代を経て、現在はダンススタジオのマネジメントに携わりながら、フリーランスのライター/編集者として、関西のストリートカルチャー中心にアーティストインタビュー・ライブレポ・ライナーノートなどの執筆を行う。 2020年には、ストリート界隈の声や感情を届けるメディア「草ノ根」を立ち上げ、ZINEの制作を行う。2022年からは、ウェブメディア「GOOD ERROR MAGAZINE」にもライターとして所属。好きなラジオは『ハライチのターン』『コテンラジオ』『問わず語りの神田伯山』。

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